瀬織津姫に会える神社|瀬織湯姫と龍神、天照大神を祀る神社めぐりのブログ

縄文の女神“瀬織津姫”と龍神を祭神として祀る神社や、天照大神と縁ある神社・場所を訪ね歩いた日々の記録です。

瀬織津姫に会える神社|瀬織津姫の誕生日はいつ?-その1

瀬織津姫の誕生日 3月3日の雛祭りは、神道の「禊祓い(みそぎはらい)」だった。

「桃の節句」は、本来は「上巳(じょうし、じょうみ)」の節句」といい、3月の最初の巳(み)の日を指していましたが、のちに3月3日に定まりました。

中国ではこの日に水辺で身を清める習慣があり、それが平安時代に日本に伝わり、草木、紙や藁で作った人形(ひとがた)に自分の厄災を移す習わしや、貴族階級の子女の間で始まった「ひいな遊び」という人形遊びが結びつき、海や川に人形(にんぎょう)を流してお祓いをする「流し雛」の習慣となったといいます。

瀬織津姫の誕生日は雛祭り3月3日

瀬織津姫の誕生日は雛祭りの3月3日

やがて、5月5日が男の子の節句に、3月3日は女の子の節句となり、桃や雛人形を用いることから、「桃の節句」「雛祭り」と呼ばれて定着していったそうです。

「桃の節句」と呼ばれるようになったのは、旧暦の3月3日の頃に桃の花が咲くことや、桃は魔除けの効果を持つとされてきたからだとか。
【参考サイト https://tg-uchi.jp/topics/4017 】

もともと神道の「禊祓い(みそぎはらい)」だったのが、後に「桃の節句」「雛祭り」の行事として庶民の生活に定着した、ということですね。

 

瀬織津姫は宇宙神であり浄化の女神さま、その浄化のエネルギーが3月3日の雛祭りと結びついたのでは・・・。

瀬織津姫は、神道の大祓詞に登場するさまであり、瀬織津比咩瀬織津比売瀬織津媛とも表記されますが、古事記日本書紀には記されていない神さまです。

そして水の神であり祓いの神、龍神、川の神で
祓戸四神の一柱で祓い浄めの女神であることから「雛祭り」に祀る神とされた。

浄化の女神 瀬織津姫命

そこから瀬織津姫の誕生日が3月3日となった・・・のではないかと思うのです。(全く個人的見解です)

この「流し雛」の習慣や、桃の魔除け効果が、 浄化のエネルギー瀬織津姫と結びついたのはごく自然のことではないでしょうか。

 

最後に、私が信頼し教えていただいているエネルギーワークの先生の考察をご紹介します。

『縄文の女神“瀬織津姫”の本源の「セオリツヒメ」という名の神性のエネルギーは、いわゆる「水」のエネルギーであり、浄化のパワーを持つ高波動のエネルギーです。

そのエネルギーは、
瀬織津姫別名での人格神として、下生された時もあります。

そしてその本源に遡るセオリツヒメという名の神性のエネルギーが、今かつてなく動いています。

セオリツヒメが言いたいことはただ一つ

変化のため、前向きに進むために、私の力を信じ、活用しなさい。

神のエネルギーを、それは本当にあるの?と問うのではなく、

あるのだから、それを信じ、そのエネルギーを力に変えて前向きに進みなさい、

神の存在証明をする事ではなく・・』


(人格神「人間と同じように意志、感情をもち、行動すると考えられている。キリスト教の神ヤハウェやイスラム教における神アッラーが典型)